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「天の御国で一番偉い人」   マタイの福音書18章1〜14節
「だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。」   マタイの福音書18章4節


9月の空 快晴の青空に白い雲に爽やかな風
 本日の聖書個所は、弟子たちの質問に対するイエスさまの答えという形で、イエスさまの教えが語られています。
 弟子たちは、イエスさまにどんな質問をしたのでしょうか。「そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。「それでは、天の御国では、誰が一番偉いのでしょうか。」(18章1節)とあります。
 この時の弟子たちの関心は、「天の御国では、誰が一番偉いのか。」ということでした。どうして、このようなことを弟子たちは言い始めたのでしょうか。それには、理由があります。
 イエスさまは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて山に登りました。そして、彼らは、山の上で、イエスさまの本当のお姿を見ることになったのです。また、イエスさまは、自分の分の宮の納入金だけではなくて、ペテロの分も支払うということもありました。
 他の弟子たちからすれば、彼らだけが、イエスさまから特別扱いを受けたということになるでしょう。そんなことがありましたので、弟子たちは、イエスさまのところに行きまして、「そ れでは、天の御国では、誰が一番偉いのでしょうか。」という質問になったのです。
 それに対して、イエスさまは、何とお答えになられたのでしょうか。イエスさまは、誰が偉いとは言われずに、「あなたがたも悔い改めて子どものようにならない限り、決して天の御国には、入れません。」と言われました。
 まず、イエスさまが弟子たちに教えられたことは、何でしょうか。それは、悔い改めるようにということです。悔い改めるとは、生き方を、考え方を、180度変えるということです。変えなければいけない考え方とは、「誰が、一番偉いか。」という考え方です。
 イエスさまの弟子たちは、一人ひとりが、イエスさまの弟子にしていただいた。神さまの子どもにしていただいた。救いの恵みに与ることができたということで、満足することはできませんでした。弟子たちの中で、自分が一番偉くなりたい。自分が一番、イエスさまに大切にされたい。重要な人物になりたいと願っていたのでした。
 しかし、イエスさまは、そういう考え方、自分が、自分がという考え方、生き方を改めるように言われました。そして、少し厳しい言い方ではありますが、そのような考え方をしている者は、天の御国で順位を争うような立場になることはおろか、天の御国に入ることも出来ませんと言われたのです。
 イエスさまは、どのような者が天の御国で一番偉いのか。どのような生き方をすべきなのかを教えておられます。「だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。」(4節)とあります。
 まず、子どものように自分を低くする者です。当時の子どものイメージとは、聖書を読むと分りますが、子どもとは、ちっぽけで無価値な存在という意味で用いられています。4節において、「子どものように、自分を低くする者が・・・」とありますように、自分を低くして、「自分は、無価値でちっぽけな存在です。」といった遜った心で生きる。それがイエスさまが、弟子たちに、また、私たちに望んでおられる生き方なのです。
 皆さんは、いかがでしょうか。このイエスさまの教えを聞いて、どのように感じられるでしょうか。本当に、その通りですと告白でき、自分を低くして、へりくだる歩みこそが大切だ。そのように思われるでしょうか。
 それともイエスさまの考え方に、違和感を覚えるでしょうか。イエスさまの考え方とは、言って見れば、この世の中とは、正反対の考え方と言えるでしょう。この世の中では、弟子たちが、「誰が一番偉いのでしょうか。」とイエスさまに質問したように、少しでも他の人から認められるために、あるいは、周囲の人々よりも偉くなるために、人と競争し、上を目指す。それがこの世の一般的な価値観でしょう。
 しかし、イエスさまは、そうではなくて、自分を低くすること、へりくだることを望んでおられるのです。では、どうして、自分を低くすること、へりくだることをイエスさまは求められるのでしょうか。
 実は、自分を低くすること、へりくだることは、クリスチャンにとってとても大切なことなのです。クリスチャンの歩みとは、どのようなものでしょうか。神のことばである聖書を読みながら、イエスさまが教えて下さったことを一つ一つ実行していく。古い自分の考え方、生き方を捨てて、新しい考え方、生き方に置き換えていく。それが、クリスチャンの歩みと言えるでしょう。このような歩みをするためには、自分を低くしていなければできないことでしょう。自分は、クリスチャンとしてもう立派だ、十分やっていける。そういう心を持っていたとしたら、なかなか、聖書の教え、イエスさまの教えに聞くことはできないでしょう。
 また、へりくだる者に対して、主は、恵みを与えて下さると約束して下さっています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」(ヤコブ4:6)とありますように、へりくだる者に、恵みを与えて下さるのです。
 自分を低くする者、へりくだる者が、天の御国で一番偉い者であり、主から恵みをいただくことができるのです。
 振り返りまして、天の御国で一番偉い人とは、どのような人でしょうか。子どものように自分を低くする人、へりくだる心を持って生きる人です。自分が、自分がと言って偉くなりたがる人ではなくて、また、他の誰かがヘリくだっているかどうかを気にする人ではなく、主の前に一人ひとりが、自分を低くして、へりくだって人々に仕える人です。私たちも、主イエスさまの模範に習い、神さまの子どもとされたことに感謝して、また、主から恵みをいただきながら、主が願われる歩みをしていきたいと思います。

        (8月28日 礼拝説教要旨)